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2011年3月31日 (木)

今、被災地で視覚障害者は。

今日で3月も終わる。あっという間の年度末だった。
3月11日の大震災以降、曜日もいいかげんになり、あっという間に夕方になる。
そんな毎日を過ごしていたら、気がついたら年度末になっていた、という始末。

大震災のニュースでは、福島原発のことがほとんどではあるものの、少しずつ被災者や避難者の方々の声や支援の様子が詳しく伝えられるようになってきている。
でも、テレビや新聞に登場するそれらの方々の中にお年寄りや子供たちの姿は見ても、あまり障害者の人が登場することはない。(というよりまだ自分自身では見た記憶がない)
ブラインドスキーに関わる身としては、特に視覚障害者がどうしているのか、もともと情報弱者の彼らにきちんと生活情報が届いているのかがとても気になる。
ネットで検索しても記事などには書かれていないし、それを伝えるエントリーもほとんどない。

そんな中で地震直後にエントリーされた愛媛在住のミントさんのブログ
彼女も書かれていますが、普段の生活をしている視覚障害者はよく知っている場所や道は体で覚えこんでいるので、スタスタと歩くしどこに何があるのか、よく覚えています。
でも、ちょっとした普段との違い、例えば道路工事をしていて普段通う道が通れなかったり、いつも乗っている電車が遅れていたりトラブルで15両編成の電車が10両になってしまったりしたら、一気に頭が真っ白になると言います。
私が普段付き合っている、どちらかと言うとアクティブなブラインドの友人でもそうなのです。

地震発生後、一週間くらいは東京でもJRのダイヤが大幅に狂っていました。
私が普段使うJR上野駅は、その構造が複雑で、しかも同じ路線でいくつものホームがあり、それもそれぞれが遠く離れてしまっていたりする、初めてこの駅を使う視覚障害者にとって、とてもハードルが高い駅だと思いますが、やはりここで行き場を失ってボーっとしている白杖をもった男性がいました。
声をかけると高崎線で上野まで出てきたが、普段と違う列車に乗ったので、改札までの道がよく分からなくなってしまった様子。ちょうど私も彼が向かおうとしている改札に向かっていたので同行しましたが、その間に少し話しをしたらやはりダイヤの乱れで通勤にすごくストレスがかかるようになってしまったとか。
はてさて、被災地の避難所にいる盲人たちはどうなのだろう。新聞報道では避難所を点々とするケースも見聞きする。とすると、数日間でやっと慣れた避難所を移るとまたイチからやり直し、ということの繰り返しなのか。

ここでイライラしてても仕方ないので、避難所のひとつでも行ってみたいのだが、仕事もありそれはできない。どなたか現地での事情を知っている人は教えてもらえないだろうか。

ちなみに地震の際の障害者からのお願いは、ココ(のーまらいふ杉並)によくまとめてあります。

事務局 栗田

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